小田切博「どこかで誰かが」第8回 『世界コミックスの想像力 グラフィック・ノヴェルの冒険』小野耕世

『世界コミックスの想像力 グラフィック・ノヴェルの冒険』小野耕世(青土社、2011年)

全然知らなかったのだが、ちょっと調べてみたら「文は人なり」という言葉はフランスの博物学者ビュフォンの言葉なんだそうだ。

小野耕世の文章を読むとなんとなくこの言葉が頭の中ををよぎる。もちろんこれはご本人を直接知っていることが原因としては大きいのだが、理由はそればかりではないとも思う。

小野はアメリカから中東やアフリカに至るまで文字通り「世界中」のマンガやアニメをはじめとするポップカルチャーを戦後の日本社会に紹介してきた人物だ。一般的には「評論家」と呼ばれているようだが、私個人はそれよりもこのひとのあり方は単に「紹介者」というほうがしっくりくる。

私は小野のテキストが「批評的」ではないといいたいわけではない。むしろ対象を論評することでなりたっている現在の「評論」に対し、ものすごい量の「ポップカルチャー体験」に裏打ちされた小野の「紹介」は凡百の「評論」を無効化してしまうような強烈な批評性を持っている。

少なくとも文壇や論壇のような制度によって支えられた文脈によってこのひとの文章を読み解こうとしても、なんだかわからなくなることだけはたしかだ。

一見すると小野も文中で取り上げた作品や作家を評し、論じているように見える。実際本書においても「すぐれた作品」、「すぐれた作家」という表現は散見される。そこだけ見ると小野も作品や作家の優劣を論じているようだが、よく読んでみるとそこでの優劣は飽くまでも小野個人の価値観、自身の読書や映像体験からくる「好み」によるものだ。

そこで語られている「優劣」は、小野耕世という個人の存在を抜きにすると成り立たなくなるようなきわめて個人的な価値観に基づくものなのである。

イデオロギーや批評理論によって担保された「価値」ではなく、小野は飽くまでも自分自身の読者としての好みから導き出されたおもしろさや美しさによって作品の優劣を語る。それは第三者的な論評ではなく、読者という当事者性に立脚した「個人として」のおもしろいもの、美しいものの紹介なのだ。

そのような紹介を可能にする嗜好/美意識を支えているのが、膨大としかいいようのない雑多かつ広範なマンガ、アニメ、文学、映画の読書、観賞経験である。

私は小野のテキストの特徴として「連想記法」とでもいうような独特の文体、記述上のスタイルがあると思っている。

雑誌『ユリイカ』に連載された世界のマンガ作品を紹介するエッセイを一冊にまとめた本書を一読してもらえばすぐわかると思うのだが、小野の文章はじつに頻繁にあちこちへ話が飛ぶ。自身の作家との邂逅の思い出からその作家の作品の話、その作品を介して別なマンガや映画、小説などの話、そこから連想されたまったく別な体験談へと話題は自由に移り変わっていく。

一章ごとに特定の作家の特定の作品の紹介に充てられた本書のエッセイは最終的にはそれぞれの作品の紹介へと収束していくのだが、その中に散りばめられた雑多なエピソード、副次的に語られる作品の話題がひとつのテキストとしてまとまりを持つのは語り手が小野耕世だからだ。

その意味で、取り上げられている作品が私自身が読んだことがあるものであった場合でも、小野のテキストに書かれていることの6割くらいは全然知らなかったり、なんだかわからない話である。

そして、だからこそこのひとの文章はおもしろい。

そこに描かれた新たな知見や知らなかった作品の存在はこちらの好奇心をかきたて、新しい世界へと誘ってくれるからだ。

じつをいえば私はそれらのテキストで紹介された作品を自分で読んでみてけっこう小野と違った評価、感想を持つことがあるのだが、それはそれでいいのである。

重要なのはそのテキストが切り開いてくれた新しい世界であり、それが結果的に私自身の嗜好をも豊かにしてくれる。そうして得た体験を通して、趣味があえばあったで、感想が違えば違ったでまたテキストを通して小野耕世と対話すればいい。

「小野さんの文章って「文は人なり」だよなあ」と思う所以である。

小田切博「どこかで誰かが」第7回 『容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別』ジョン・ダワー

『容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別』ジョン・ダワー(平凡社、2001年)

今回の震災と原発事故以降よく目にするようになったトピックのひとつに「海外のメディア報道による風評被害」というものがある。

実際には「海外報道」に対する国内の見方は、震災直後の「震災への日本人の落ち着いた対応を世界が賞賛」といった「日本すごい」論から、原発事故発覚以降の「放射能」がらみの「海外報道による風評被害」という「日本被害者」論へと論調が変化していったのだが、このまったく逆といっていいふたつの見方に対して私はほぼ同一の感想を持った。

それは「私たちはそれらの報道をどうこういえるほどこれまで海外における日本報道に関心を持ってきたのか」という疑問である。

もちろん政治的にも経済的にも世界中がつながっているグローバル化した現在の社会において海外メディアの報道が輸出入や諸外国からのひとの出入り、株価の変動などに影響しないはずもないが、そういうこと以前の問題として日本についてこれまでどのような報道がなされてきて、それが震災を期にどう変わったかを具体的に見なければ「賞賛」にしろ「風評被害」にしろその存在を確定的に語ることなど出来はしないのではないかと思うのだ。

「日本/日本人論」は国内のジャーナリズムにおいては人気のあるテーマのひとつであり、これまでも様々なかたちで論じられてきた。

80年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という景気のいい掛け声から、90年代の「ジャパン・バッシング」論、00年代に盛んに喧伝されてきた「クールジャパン」論に至るまで、それらの日本論はじつは「どこか一部でいわれていることをとりあげて印象批評的に図式化する」というかたちで成り立ってきたのではないか? 私自身は、今回の震災で、むしろそのような疑問を抱かざるを得ないような光景を見たと思っている。

「海外メディアが日本を賞賛」と報じられていた時期にもアメリカのTwitterやブログなどでは「真珠湾を思い出せ」といった人種差別的な発言が盛んになされていたし、「風評被害」ばかりが強調される原発報道に関しても極端な偏向報道としてとりあげられているものは、やはりゴシップメインのイエロージャーナリズムのようなメディアばかりだったのである。

賞賛の報道があるからといって偏見や差別がなくなったわけではないし、メディアの性格を見ずに極端な報道をあげつらっても仕方がない。

そういう意味で目につきやすくわかりやすい図式に飛びつくのは考えものだろう。むしろ問題はそこにある現状をどうやって具体的に把握していくか、ということになるはずだ。そのためにはけっきょく出来るだけ網羅的に実際の海外の報道や言説を数多く見、その背景にある社会やメディアとの関係を地道に考えていくしかない。

今回紹介するジョン・ダワーの日本研究はそのような地道な努力として評価されるべきものだ。

ダワーはピュリッツァー賞を受賞した敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人 
敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人 が日本でも話題になったアメリカの歴史学者だが、今回紹介する太平洋戦争時の日米での差別的な人種観の影響を検証した『容赦なき戦争』も含め、彼の研究は評価にしろ批判にしろイデオロギー的な面からなされることが多い。

たとえば批評家の大塚英志は『敗北を抱きしめて』についてサブカルチャー反戦論 (角川文庫)
などの著作でほとんど揶揄するようなかたちで言及しているが、日米で『敗北を抱きしめて』が注目されたこと自体が「アメリカ人研究者の書いた戦後日本再評価」という多分政治的な見方によるものである。この大塚の言及はダワーの著作というよりはそうした政治的なダワー評価に対する反発からなされているもので、ダワー自身の仕事とはほとんど関係がないといっていい。

実際のダワーの著作は政治的な主張は希薄であり、この『容赦なき戦争』で主張されていることも煎じ詰めれば「太平洋戦争には日米両国の人種的偏見が影響していた」というきわめてシンプルで、ある意味でどうということのない指摘が繰り返されているに過ぎない。

ダワーの研究の価値は目新しい主張やわかりやすい図式化にあるのではなく、膨大な新聞、雑誌、公文書などを渉猟し、それらの資料の中からこれまで常識とされてきた見方とは異なった具体的な影響関係を見出している点にある。

特にマンガや雑誌記事などの風俗資料から当時の社会における通念としての「日本人観」、「アメリカ人観」をあぶりだしていく手法は方法としてはきわめてオーソドックスでありながら、対象に大衆文化を含めたことできわめて独創的な研究となっている。

今回の震災に関しても今後、これらのダワーの著作のように、これまでの類似の災害や事故、日本についての報道との具体的な比較、その変遷を追うような研究がなされていくはずだと思う。

逆にいえば、そうした地道な検証の蓄積もなく印象批評によってなされる評価や批判にどれほどの意味があるのか、そうしたことは考えざるを得ない。

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小田切博「どこかで誰かが」第6回 『文学評論(上・下)』夏目漱石

この本は夏目漱石が帝国大学の講師時代、その最後の年におこない、小説家への転身のために未完に終わった「十八世紀英文学」の講義を元に書かれた英文学の研究書である。

私は漱石の本の中ではこの本が一番好きで、折りにふれ何度となくページを開いてきた。

「英文学者」夏目漱石の著作としては、他に英国留学中に構想され、彼自身を神経衰弱に追い込んだ理論的研究『文学論』があり、おそらくそちらのほうが有名だろうと思うが、私は『文学評論』のほうが断然好きだ。

漱石自身がその体験を「失敗の亡骸」と呼び、挫折感をもって語られる『文学論』に対し、小説家への転職(朝日新聞社に入社しているのでまさに「転職」である)のために中絶した『文学評論』は同じように中絶した未完成なテキストであるにもかかわらず『文学論』よりもどこか吹っ切れた感じがする。

あくまで私が読んだ「感じ」に過ぎないので漱石本人がどう思っていたかはわからないが、当時日本に存在していなかった「文学」というものを理解しようと肩に力の入った『文学論』に対して『文学評論』の漱石はよりクールで、ある意味すでに「文学」というものを理解することを諦めてしまっている。

もっとも、「文学」を「F+f」のような記号による公式であらわせるような科学的構造物として解析しようという無謀としか思えないような試みをしている『文学論』に対して、『文学評論』がより容易に実現可能な方法論をとっているというわけではない。

『文学評論』で漱石がおこなっているのは十八世紀イギリスという固有の時代、社会の「社会的諸関係の総体」から生み出された文化的生産物として「文学」を理解しようという、これまた無謀としかいいようがない試みである。

このため、この本はその方法論を説いた第一編「序言」のあと、文学研究でありながら第二編では「十八世紀の状況一般」として十七世紀から十八世紀にかけてのイギリスの社会、文化状況が哲学、芸術などの文学の隣接領域だけではなく政治や社会風俗の状況までコンパクトに解説され、その後具体的な十八世紀英文学の作家、作品に関する論考に入っていくという構成をとっている。

じつはこの本で私が何度も読み返しているのはこの第一編、第二編ばかりなのだが、ここでの漱石は文学と関連付けながら当時のイギリスの政治、社会状況や芸術の流行までを語りつつ、常に一歩引いた態度を崩さない。

当たり前だが、英語研究者としてイギリスに留学した漱石は絵画や音楽、哲学、政治などの専門家ではない。専門家ではないから「多くを言い得ぬ」といいつつ漱石はそれらの事柄についてかなり突っ込んだ言及をしていく。

逆にいうと漱石がこの本でいっているのは、そのような社会的な文脈を踏まえなければ小説ひとつまともに読めない、ということであり、そのためにできる範囲で理解しようと試行錯誤していこうという現実的な態度の表明だ。

漱石は江戸時代の末に生まれ、明治維新を経験したひとである。

つまり、彼はそれまでまったく接触のなかった「西欧という異文化」にいきなり直面させられた世代のひとであり、彼にとっては西欧の社会、文化、歴史は文字通りそのすべてが未知のものだった。西欧の「Literature」をモデルに明治以降に成立した日本の「近代文学」は漱石が生まれた頃にはまだ存在しておらず、彼自身と森鴎外、二葉亭四迷などその同時代人たちが西欧の文化を受容しようとおこなった試行錯誤の結果生じてきたものだ。

「文学」や「芸術」といった概念は、その後日本の中で自明視されるようになっていくが、漱石たちにとって、それらもまた理解しようと試行錯誤しなければならないまったく未知の「西欧」という異文化のひとつのあらわれだった。

ネットワークで世界中とリアルタイムにつながり、世界史や文学史、美術史の教育を誰もがそれなりに受けている現代の私たちにとっては、それらの知識がまったくの未知のものだった当時の人々の感覚そのものが想像の埒外のものである。

だが、なんとなく「わかっている」気になっている「文学」や「芸術」という概念について私たちはどの程度まじめに考えたことがあるだろうか。

ゼロから積み上げてそのようなものを結果的に生み出さざるを得なかった漱石のような人々のテキストには、愚直に「わからない」ことと直接対峙して繰り返された気の遠くなるような試行錯誤が刻まれている。

『文学評論』の漱石からは「全てを知ることなどできない」というある種の諦念が感じられるが、だからといって全てを諦めているわけではない。

ひとはとりあえずやれる範囲のことをやれるだけやってみるしかない、全てを知ることへの諦めと対になったそのような開き直りがそこにはある。

この本を読むといつもなんとなく元気になるのは、ここでの漱石にそういう健全な割り切りの感覚があるからなのだろうと思う。

小田切博「どこかで誰かが」第5回 『世論(上・下)』W・リップマン

『世論(上・下)』W.リップマン(岩波文庫、1987年)

この本は1922年、第一次世界大戦後にアメリカのジャーナリストが大戦とその前後の混乱状況を分析し、考えるために書いたものだ。

要するにこれは百年近く前にヨーロッパでおこなわれた戦争について、アメリカ人が書いたものなのだが、ここに書かれた言葉は奇妙なほど現在の私たちの状況に響き合うものが含まれている。

著者のリップマンは「アメリカン・ジャーナリズムの父」と呼ばれる傑出したジャーナリストであり、その後のアメリカのジャーナリストたちに強い影響を与えた人物である。ただ、日本で一般的に広く名を知られているというほど知名度があるわけではないし、そもそも日本においては海外のジャーナリストのテキストそのものにさほど高い関心が寄せられているわけではない。

本書自体は大衆の集団心理を論じた古典として政治学などで論じられることが多いようだが、ここで書かれている第一次大戦時のヨーロッパの政治状況や戦時のニュースなどは正直いってわかりにくいし、私たちの感覚からはすでに遠い歴史の一ページになってしまっている。

にもかかわらずこの本の記述が2011年の日本においてある種の生々しさを持つのは、これがニュースとその受け手の間の関係を論じたものだからだ。

リップマンはニュースを伝える側の人間、ジャーナリストでありながら……いや、むしろそれゆえに「報道が真実を伝えるものだ」という前提をとっていない。

むしろ、彼はまずジャーナリズムの無謬性を否定する。

ここではその時代の社会状況、直接的な検閲、媒体的な制約などによって事実が歪曲されて伝えられ、受け取る側の先入観によって、それがさらにさまざまなかたちに変形して伝播していくさまを実例を通じて確認していくことから議論がはじめられている。

時代的な制約ゆえに彼がこの本で議論の対象としているのは新聞だが、このような指摘はラジオやテレビなどの視聴覚メディア、インターネットに代表される双方向メディアにおいてもまったく同じことがいえるものだろう。

人間は誰しも生まれた国、地域や階級、社会的地位、普段の人間関係などから生じる一種の思考の型、先入観のようなものを持っている。リップマンは本書においてそのような個々人が「頭の中で描く世界」を「ステレオタイプ」と呼び、人間がまずそのような類型を通して世界を見るものだ、という前提に立つ。そして世界が「われわれの持っている規範に従って体系化されている」ということを否定する。

彼は「ステレオタイプ」の存在によって、ひとびとの価値判断が効率化されているという利点を示しつつ、いっぽうで共産主義や自由主義に代表される「体系化された世界観」が「たえず浮沈しさまざまに流動している」現実の物事を固定的に単純化したものであり、そこにはそれぞれに恣意的な前提が存在しているという。

90年代の日本においてはこのような「体系化された世界観」を「大きな物語」と呼び、とりあえずその終末を宣言することが流行したが、この約百年前のジャーナリストがそこでいっているのはそのような決定論的な論評ではない。そのような「大きな物語」もまたステレオタイプの一種であり、個々の人間がより効率的に社会に適応するための道具なのだ、という認識の提示である。

このようにリップマンが本書で繰り返し主張しているのは、煎じ詰めればひどく単純なことである。

つまり、ステレオタイプはあくまで人間が現実の世界、社会を認識し、行動するための道具であり、私たちはまず自分の持っている世界観、認識がステレオタイプである(しかない)ことを自覚したうえで発言、行動すべきだ、ということだ。

これはひとに対してある種の「分の弁え」を促す、いわば「無知の知」の指摘であり、華麗に世界を体系化して語ってみせる理論家や「大きな物語の終わり」を指摘してみせる批評家の言葉に比べれば、ひどく地味でおもしろみの少ない主張だという気もする。

しかし、私自身はそのような自覚こそがまさにいまという時期の日本で、地に足をつけた考え方をするために必要とされるものではないかという気がしてならない。

なによりも私は現在メディア上で乱舞する陰謀論めいた言葉の数々を眺めていると、リップマンが「きわめて衝撃な事件」に出会った人間が陥る可能性のひとつとして挙げている以下のような記述を思い起こさざるを得ないのだ。

“彼はひじょうに動揺して、それまで受け入れていたあらゆる人生観に不信を抱き、物事というものはふつうそうであろうと考えられているようなものではけっしてないと思うようになることすらありうる。”(上巻、P136~137)

私たちは現在ここで書かれているような「ショック性のニヒリズム」に陥っているのではないか、そう幾分か苦々しく思う。

小田切博「どこかで誰かが」第4回 『小林秀雄の恵み』橋本治

『小林秀雄の恵み』橋本治(新潮文庫、2009)


この本は2007年に単行本として出版されたものの文庫化である。

刊行当時はたしかけっこう話題になっていたし、橋本治は一時期かなり熱心に著作を読み、小林秀雄にも一定の興味は持っていたため、なんとなく「読みたいな」と思ってそのまま忘れていた。

しかし、橋本治もいざ説明しようと思うといまやけっこうわかりづらいひとになってしまったなと思う。

東大駒場祭のポスターを描いてイラストレーターとして注目され、その後女子高生の口語体で書かれていることで話題になった『桃尻娘』で小説家としてデビュー。80年代のバブル期には糸井重里などと並んでサブカルチャーにおけるアイドル的な文化人のひとりだった。エッセイやマンガ批評などでも先駆的な仕事も山ほどしているのだが、この時期の橋本は飽くまで「サブカルのひと」であり、あまりシリアスな評価を受けていたわけではない。

こうした評価の風向きが変わりはじめたのは、おそらくこれも毀誉褒貶の激しい87年の『桃尻語訳 枕草子』にはじまる一連の古典新訳に手を染めるようになって以降のことだろう。私見では00年代の『双調 平家物語』まで続くこの古典の「現代語訳」というよりは「解読」と天皇崩御と宮崎事件の中で書かれたシリアスな社会時評『’89』以降の批評家としての活動が90年代以降の橋本の活動の中心となっている。つまり、90年代以降の橋本治は、流行などとは無縁な古典研究と批評を二本柱としたなにやら超然としたスタンスの書き手になってしまった。しかし、では彼が圧倒的な社会的権威を獲得しているかというと実際にはそうでもない。アカデミックな場所で地位があるわけでも、一般的な知名度がものすごく高いわけでもなく、これはこれで非常に言及しにくい。

もちろんその間も現在も橋本は時事的なテーマや社会風俗についてもリアルタイムに発言を続けており、独自のスタンスのまま小説も書き続けているのだが、読者としての私はなんとなく橋本治は存在自体が古典化してしまったような気になり、いつしかあまりその動向を熱心には追わなくなっていった。

で、本書の話だ。

この本の冒頭、橋本治は「私にとって、小林秀雄は初めから「古典」だからである」と述べている。小林秀雄は日本における文芸批評の確立者ともいわれる戦後の日本文学、知識人の代表的存在である。このため、この橋本の評価自体はそれほど違和感のあるものでもないのだが、個人的に先述したようなことを感じていたため、この件はちょっとおもしろかった。

もちろん橋本のような書き手を「古典」と呼ぶことにはそれなりの違和や反発もあるだろうとは思うが、もう少しわかりやすくいえば私はなんとはなしに「橋本治は古くなった」と感じているのだと思う。ある意味でこの本を読んでその感覚は強くなったが、それは橋本治は(もう)ダメだ、ということではない。

橋本は本書のテーマを「小林秀雄が読まれた時代の、日本人の思考の形」を知ることだと書いている。しかし、この本は第二次世界大戦前後という時代に生きた小林の「社会的な諸関係の総体」を描くようには書かれていない。

本書で橋本がおこなっているのは、小林秀雄の到達点とされる『本居宣長』をひたすら丁寧に読み込んでいくことだ。その過程で小林の記述、引いては小林が論じている本居宣長の思考を理解するための補助線として『源氏物語』をはじめとする近世以前の日本の古典文学における言葉や思考のあり方が解説されていく。小林自身をとりまく状況も語られはするが、それは戦中と終戦直後の一時期についてに限られ、この本を読んだだけでは小林秀雄という人物の伝記的事実に関してはほとんどわからない。

橋本治が語ろうとするのはそうした小林秀雄という人物の姿ではなく、彼のテキストにあらわれた考え方、思考の型のようなものがどのように移ろい、どのような可能性と限界を持っていたか、という点である。

ある意味で私が「橋本治は古くなった」と感じるのは、こうした著述のスタイルに由来するものだ。

橋本のテキストは論理による分析ではなく共感や反発によって対象に接近し、自分というフィルターを通してその人物や事象の共感できる部分、よく理解できない部分を切り分け、解きほぐしていき、そこから逆に論理を構築していくことで成り立っている。このため、読者は橋本の視点を共有するかたちで対象を理解することになる。

この点に橋本治のテキストのわかりやすさ、明快さがあるのだが、それは同時にわかりにくさでもある。

本書で橋本は小林秀雄がどういう人物であるか、あるいは近代とはどういう時代区分であるかといったことについてはほとんど説明しない。これらの点に関しては彼の他の著作で語られているため、それらを読めばいいのかもしれないが、もっと端的に感覚的な部分、たとえば「小林秀雄が日本の知的社会の中枢にいる」といった認識はじつは橋本の時代感覚の産物である。

私自身、橋本が「カルチャースター」だった時期に十代、二十代を過ごした人間であり、橋本の中での小林秀雄の位置づけは知識としては理解しているが、正直感覚的にわかるとはいえない。ましてやいま二十代以下のひとたちにとっては、橋本治という人物さえその位置づけが曖昧なものになるだろう。

要するに感覚的な共感を入り口にしているために、橋本のテキストはそのような感覚のずれによってはっきりわかりにくくもなるのである。

だが、古典というのはそもそもわかりにくいものだ。橋本がこの本の中で彼にとっての古典である小林秀雄のテキストに対し「時代感覚の違い」を超えて執拗に肉薄しようとするように「かつてわかりやすかったが、現在はわかりにくくなってしまったもの」はむしろそのわかりにくさを通して私たちに時代の変化を教えてもくれる。

かつて橋本治の文章を熱心に読んでいた時期、私はそこに自分が知りたいことの答が書かれているような気がしていた。いまこの本を読んだ私は、答えではなく、むしろ疑問点が増えたような気がしている。

そして、たぶんそれはそれでいいのである。

小林秀雄には『考えるヒント』というタイトルの著作があるが、本というのは要するに考えるためのヒントをくれるものであり、そこに正解があるわけではないのだと思う。

小田切博「どこかで誰かが」第3回 『戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌』小田切博

『戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌』小田切博(NTT出版、2007年)

正直にいうとなにを書いていいかさっぱりわからない。

たぶんあとになるとなんのことかわからなくなるだろうから書いておくが、現在は東日本大震災からまだ一週間も経っておらず、現在も事態はまったく収拾していないし、様々なことがいまだに混沌としている。

こういう状況の中で、たしかになにがしかいいたいことがあるような気がするし、むしろ逆になにもいうべきではないのではないか、という感覚も強い。現在の私はそういうきわめて中途半端な気分の中にいる。

ただ、テレビや新聞、ネットなどで多くのひとの言葉を眺めていると、おそらく他のひとはまったくしない連想だと思うのだが、私はどうしても「911」直後のアメリカでの言説、報道のことを考えずにはいられない。

もちろん「911」は完全な人災、犯罪であり、予想外の天災である今回の震災と事象として重なる点は希薄なのだが、私は今回表題に置いている「911後のアメリカンコミックスの変化」をテーマにした本を書くために同時多発テロ事件が起こった直後からのアメリカ、および日本における報道、言説の推移をかなり詳細に追っていた。そのため、今回の震災での報道や言論人の発言、ネットでの反応を見ていると「パニックに陥った社会」の中での言説という点でこの二つの事件を巡る言葉が重なり合って見えて仕方がないのだ。

しかし、そのいっぽうで、被害も災害も現在進行形で起きている状態で、そのように事態を遠巻きに見て分析しようとする自分の心性がはっきり厭わしくてならない。

不安や自罰や感傷などさまざまな感情が自分の中でも渦巻いているのだろうが、不思議と切断されたようになにも浮かび上がってこず、どこか冷めたままだ。正直いってそういう自分は少なからずおかしいのではないかとも思うのだが、それはそれで仕方がない。

私が「911」後のアメリカの言説状況に対して一種強迫的な興味を持ったのは、事件をきっかけにした社会的なパニック状況の中で、マスメディアやネットの言説、ポップカルチャーにおける表現までが特定のイデオロギーと結びつき、はっきりとある方向に偏ったかたちで歪んでいくさまが恐ろしかったためだ。

そして、その「恐ろしさ」が他人事であるうちにできるだけ自分なりに対象化し、分析しておく必要があるのではないか、そういう強迫観念に駆られて一冊の本を書いた。

2001年以降の日本においてはそうしたアメリカの言説状況を冷笑的に論評する風潮が強いが、私は一般のコミックファンが「僕らはみんな生っ白いコミックファンの負け犬だけど、海の向こうのテロリストどもと戦うのが待ちきれない」などと(おそらくは本気で)いっていた状況はとても嘲笑できるようなものではないと当時思ったし、現在もそう思っている。

だから、いま現在原発事故や停電、政府の対応に対して私から見るとヒステリックな批判や非難をおこなうひとびとの言葉を見て、それは件のアメリカでのコミックファンの発言とあまり変わらないパニック発作によって「いわされている」言葉ではないのか、というシニカルな感覚を覚えつつも、それを冷笑的に批判する気にはとてもなれない。

おそらくそうした批判や非難をおこなうひとびとも「自分は冷静だ」と思って発言しているはずなのだ。それを笑うことで「自分の冷静さ」を確認しようとすることは簡単だが、そうすることはむしろ全体としての言説の歪みの後押しをするように感じられてならない。

先にも述べたように私自身たぶんどこか失調しているし、どこかで無理もしている。だが、それは当然なのだ。

状況そのものが異常な中で「自分(だけ)は冷静で落ち着いている」と考えてしまうことはそれ自体「普通ではなくなっている」ということだと考えるべきではないか。

不安もパニックも自分の中にある、それを認めたうえで落ち着こうと努力する。どこにいるとしても、それ以外のことが現時点でできると考えるのは非現実的なのではないか、そんな風に思っている。

最後になりましたが、今回の震災における犠牲者の方に対しお悔やみを、被災者の方にはお見舞いを申し上げます。

小田切博「どこかで誰かが」第2回 『アメリカ文化史入門―植民地時代から現代まで』亀井俊介編

小田切博「どこかで誰かが」第2回

『アメリカ文化史入門―植民地時代から現代まで』亀井俊介編(昭和堂、2006年)


「知っている」ということがよくわからない。

昔から「知識の有無」みたいなことで誉められたり貶されたりすることがたまにあるのだが、誉められるにしろ貶されるにしろ、ひとが「知っている」ことになぜそれほど価値を置くのかが私にはよく理解できないのだ。

「よく知っていますね」とほめられてもあまりうれしくないし、「そんなことも知らないのか」といわれてもあまり腹も立たない。

知識(情報といってもいい)なんて、当然知る前は知らなかったことなんだし、知らないことなら調べればいいだけの話だ。現時点で持っている知識は常に過渡的なものでしかなく、そんなものを誇るのも恥じ入るのもどこかピントが外れているように思える。

以前取材先で相手から「よく勉強されてますね」といわれたことがあるが、このときは素直にうれしかった。

法律関係についての取材だったのだが、実際にまるで知らない五里霧中の状態から一生懸命勉強したことだったため、その道の専門家である取材相手から自分の理解が的外れではないことを確かめられてほっとしたし、なにより相手の言葉が「勉強する」という自分の行為に向けられたものだったからうれしかったのだと思う。

要するに「自分のやったこと」を評価されるのはうれしいが、自分の現在の状態(知識の有無)を論評されてもその評価そのものにまったく関心が持てないのである。

そもそも私はなんについてであれ自分が「(充分に)よく知っている」などと思ったことはない。

最近はアメリカンコミックスについての本を書いたおかげでマンガ関連の専門の書き手として紹介されることもあるが、じつは私はアメリカンコミックスについてはまるで知識のない状態から書き始めている。マンガ批評の類に至っては数えるほどしか書いたことがなく、書いたテキストの量からいってもマンガ専門の書き手とはいいがたいだろうと思う。

実際、マンガについては現時点でもたいして知っている気はしないし、アメリカンコミックスについては日本には知っている人間がほとんどいないために相対的に詳しいほうだと思うが、それもゼロから自分で調べてきた結果だ。

私は「知っている」から書いているのではないのである。

むしろ現時点で「知らない」から、そのことを「知りたい」からこそ書いている(というか極論知ることさえできればべつに書かなくてもいい)。

そういう意味で「そんなことも知らないのか」という言葉は、自分が「知るべきこと」がそこにあることを明確に示しているという意味では非難ではなく、むしろ有用な助言ですらある……まあ、面と向かってそんなことをいわれれば、人並みに感情面では不快なので、そういわれて相手に感謝するほどできた人間でもないが。

つまり、私は常に「専門性を担保されない門外漢」として大して知りもしないことを泥縄的に調べながら書いてきたライターに過ぎない。

そういう人間にとってありがたいのは、簡便に知りたい領域のアウトラインがつかめる入門書の存在である。

比較文化論の泰斗である亀井俊介の編纂によるこの『アメリカ文化史入門』もそういう泥縄的な「勉強」のために手にとった参考書のうちの一冊だ。

アメリカンコミックスについて書いていて、それがアメリカ文化全体の中でどういう位置づけのものなのかを考える必要が出てきた。しかし、個人的にはアメリカ文化が全然好きではなかったので、当然アメリカ史についての知識も高校の世界史レベルのものしかない。仕様がないから嫌々アメリカ文化史を調べはじめ、この本にもその過程で行き当たった。

「入門」と題されてはいるが、これはリニアに歴史を追った概説書ではなく、植民地時代から21世紀の現代までのアメリカ文化の流れを、ある程度時間軸に沿いながらも、各章を「植民地文化」、「フロンティア」、「映画」、「表現規制」といったテーマの論文として構成した一種の論集としてつくられている。

私は「印刷」、「出版」、「表現規制」といったトピックレベルで興味のある問題が比較的はっきりしているのでこの本の構成は非常に便利だ。知りたい用語や人名を引いて参考書的にも使えるし、章ごとに独立した論文として読んでもおもしろく読める。今後もアメリカ文化について新たに調べる必要が出てきたときにはこの本を使うだろう。

しかし、私が自分が「知りたい」こと、つまりその時点で自分が「知らない」ことが何かを明確にわかっていなければおそらくこの本をうまく使えなかっただろうとも思う。

そういう意味ではこの本を活用するためにはある程度のアメリカ史の知識が必要なわけだが、その知識の存在は「知っている」ことを意味しない。それはむしろ自分の「知らない」ことを自覚するために必要な知識である。

「知らない」と思っている人間だけが「入門」しようと思うのだ。

私は「知らない」ことではなく、「知っている」ことにひとが価値を置きたがる理由が本当によくわからない。